100兆桁――これは、2022年に計算された円周率の桁数です[1]。これだけの桁数となれば、数値としての実用性は皆無といってよいでしょう。一方で、円周率の桁数は、人類の科学がどれだけ進歩しているかを示す一つの指標といえます。今回は、人類の科学の歩みを、円周率の桁数に関する歴史をもとにして追ってみようと思います。
紀元前2000年頃の古代メソポタミアでは、円に内接する六角形から3.125という円周率が算出されていました。また、古代エジプトでは、円周率の近似値として256/81（およそ3.16）が使われていたことが、紀元前1650年頃のパピルスから明らかになっています。
紀元前3世紀頃、古代ギリシアのアルキメデスは、円周率が223/71（およそ3.140）より大きく、22/7（およそ3.143）より小さいことを示しました。この時代は、円周ではなく多角形の周の長さを求めて、円周率を近似計算していました。
アルキメデスが行なった、円周率の真の値をそれより小さい値と大きい値ではさむという手続きは、当時としては革新的でした。なぜなら、アルキメデスの結果から、円周率の近似値のうち3.14（小数第2位）までは正しいことがわかるからです。これは、古代メソポタミアや古代エジプトにはなかった考え方です[2]。
紀元後5世紀、中国の祖沖之が、円周率を3.1415926と3.1415927のあいだにはさみました。残念ながらその詳しい方法は現在に伝わっていませんが、祖沖之の結果は小数第6位までを確定するものです[3]。
14世紀頃からは、円を多角形で近似する幾何学の手法ではなく、三角関数や無限級数などを利用する解析的な手法（→解析学）がさかんに研究されるようになりました。なかでもグレゴリーの級数を利用した円周率近似は有名で、この級数は、日本の大学入学試験の問題としてもしばしば取り上げられています[4]。解析学の発展に伴い、円周率の近似計算は飛躍的に進歩し、18世紀には小数第100位の大台を突破しました[5]。
20世紀に入ると計算機科学が隆盛をみせます。20世紀中頃から21世紀初頭にかけて、円周率の桁数の記録は、1000桁、1万桁、1億桁、1兆桁と加速度的に伸び、天井知らずの様相を呈します[5][6]。計算機やスーパーコンピュータの出現は、円周率近似に革命をもたらしましたが、その計算式の多くは、20世紀以前に人類が培ってきた解析学の知識を応用したものでもありました[4]。
近年、円周率の桁数は更新され続けています。2019年に31.4兆桁、2020年に50兆桁、2021年に62.8兆桁、そして2022年6月についに100兆桁が計算されました[1][7]。今年2023年はさらなる記録の更新があるのでしょうか。
参考文献等
[1] 岩尾エマはるか（2022）「Google Cloud 上で 100 兆桁の円周率を計算」，https://cloud.google.com/blog/ja/products/compute/calculating-100-trillion-digits-of-pi-on-google-cloud（参照2023-4-10）
[2] 村田全 (2008) 『日本の数学 西洋の数学―比較数学史の試み』筑摩書房, pp.4-5
[3] 曲安京 (2002) 「祖沖之は、如何に円周率π=355/113を得たか？」 城地茂訳，『数理解析研究所講究録』1257巻, p.163
[4] 2005年静岡大，2006年名古屋市立大，2009年北海道大，2015年名古屋市立大など
[5] P. Beckman (2006) 『πの歴史』（田尾陽一・清水韶光訳）筑摩書房, pp.339-340
[6] HPCwire Japan，島田佳代子（2019）「【わがスパコン人生】第９回 金田康正」，https://www.hpcwire.jp/archives/18747（参照2023-4-10）
[7] A. J. Yee（2022）「y-cruncher – A Multi-Threaded Pi-Program」，http://www.numberworld.org/y-cruncher/（参照2023-4-10）
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